2011年4月 1日
1954年3月1日、ビキニ環礁でアメリカが行った水爆実験により、死の灰をあびたマグロ漁船第五福竜丸乗組員/久保山愛吉さんの「核の犠牲者は私を最後にしてほしい」という遺言がきっかけで始まった平和行動の日に、今年も市民生協やまなしから2名が参加し、改めて”核・命・平和”について考える大切な時間を過ごしました。 (久保山さんは急性放射能症によって人類初の水爆犠牲者になられた方です。)
ビキニデー集会のようす
開催日 : 2011年3月1日(火) 参加者 : 2名 【 開催内容 】 《墓前行進》 時間 9:30~11:00 場所 焼津駅~弘徳院 内容 献花墓参平和行進・故 久保山愛吉 氏、墓前祭 《ビキニデー集会》 時間 13:00~15:30 場所 焼津市文化センター 内容 ビキニ環礁自治体首長の57年目の証言、被災者の体験談、海外代表の決意表明
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焼津駅~弘徳院まで、ゆっくりと歩いて1時間くらいの道のりを献花墓参平和行進をしました。
【 参加者感想 】
初めてビキニデーに参加して、核兵器の恐ろしさ、悲惨さに、広島・長崎の体験もいろいろと見たり聞いたりしているにも関わらず、あらためて怒りと悲しみを感じました。
自然災害が起こると、世界各国から支援の手が差し伸べられます。それなのに、そういう人たちさえも人間が作った兵器で、それ以上にむごい方法で人間を殺そうとする、その矛盾に気がつかないのでしょうか?
困っている人を思いやる気持ちがあるのですから、核兵器を使ったことで生まれる自然災害以上の悲惨な状況を自らの手で作り出さない、ということを核兵器を持つ国の人々に考えていただきたいと思います。
そして、広島・長崎・ビキニ環礁で起こったことは、世界中から核兵器が無くなってからもなお、永遠に語り継いでいかなければならないことだと思いました。