参加と交流のひろば 参加と交流レポート:被災地支援・防災

被災地との交流報告書 「被災地の今をつたえる」

2013年7月17日

2011年3月11日発災した東日本大震災は多くの人々の命と日常の生活を奪いました。震災から2年が経過し、被災地の様子を伝える報道も減りました。報道されたとしても、再開した・復活したという順調な復興を伝えるようなニュースばかりが目立ち、被災地の人々は震災が過去の事として忘れ去られてしまうのではないかと恐れています。しかし現実は被災地の復興は進まず、人々のくらしの再建もまだ先が見えていません。

この間、ユーコープの理事・組合員活動委員が、被災者に寄り添い被災地の今を発信し続けている地元生協の企画に参加し、思いを受け取ってきました。

より多くの組合員に被災地の今を知ってほしい、そしてまわりの人たちに被災地の現状を伝えてほしい、生活再建のために頑張っている被災者を支え、「忘れないよ」とエールを送りたいと思います。

 

 

 

3月11日~12日 宮城県 みやぎ生協「3・11を忘れないつどい」
参加者:中田裕子・川端由理・山口美奈(組合員活動委員)

3月14日~15日 福島県 コープふくしま&日本生協連  「 つながろうCO・OPアクション福島」
参加者:古屋康子・小石淑子(理事) 佐々木恵美子・杉本節子・土井すみ(組合員活動委員)

4月27日~28日 岩手県 いわて生協「東日本震災から2年~感謝のつどい」
参加者:浦郷由季・松浦弘美(理事)

 

通常総代会では食事会場のロビーにて写真を中心にしたパネル展示をして被災地の現状を報告しました。

今回の総代通信では参加者一人ひとりから被災地で見てきた現状と受け取った思いを報告してもらいます。

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「被災地及びみやぎ生協震災学習資料室視察ツアー」参加報告 組合員活動委員 中田・川端・山口

東日本大震災から2年
現在の被災地は少しずつ町並みが戻りつつありますが、未だ傷跡が残る箇所は多々ありました。遠く離れた場所に住む私たちも、あの日を忘れてはいけない。そして、未だ悲しみと闘い、立ち上がろうとしている人達・前を向いて歩こうとしている人達を私たちはこれからも応援していきたい。

みやぎ生協主催「3・11を忘れないつどい」に参加
みやぎ生協の職員16人も犠牲になりました。 本人は無事でも、家族を亡くした職員、自宅が全壊・流出した職員もたくさんいました。 つらい環境の中、みやぎ生協はこの2年間、前を向き、頑張ってきましたが、被災された人達の心は未だ癒されてはいませんでした。

被災地視察 仙台市荒浜~名取市閑上~南三陸町~石巻市
130711hisaichi01_01s被災地に入ると、住宅はほとんど残っておらず、遠くの海まで見渡せるほど、辺り一面更地になっていました。家が残っていると思ったら、一階は全て津波で押し流され柱だけとなった痛々しい家屋で、とても異様な光景でした。名取市閑上地区では、被災した人達があの日避難したであろう日和山に登り、そこに立ち、町を見ると、360度、家は一軒もなく、無残に残された建物の土台だけが限りなく広がっていました。町を一望できる日和山には慰霊碑が建てられ、たくさんの花束が手向けられていました。土台だけになってしまった家々には花束が置かれ、手を合わせる人々の姿がありました。その上には、まるで何もなかったかのように限りない青空が広がっていて、本当に切なく感じました。たった一日で町が消え、全てが失われ、言いようのない現実がそこには広がっていました。南三陸町ではテレビ報道でも目にした防災庁舎が、また、石巻市では津波後の火災で全焼した小学校が無残な姿で残っていました。どちらの建物も、本当に無残な姿で、津波の恐ろしさを感じさせられたと同時に、本当に言葉がない、胸がつまる想いで被災地を視察しました。「この建物を残し、将来、この大震災を忘れないようにしよう」という思いと、「この建物を見るとあの日を思い出すから取り壊してほしい」という遺族の思いで、現地行政は答えが出せずにいるそうです。

志津川仮設かき処理場 見学
津波で甚大な被害を受けた志津川のかき養殖業。被災後の絶望的な環境の中、みやぎ生協をはじめ、多くの団体からの支援を受け、仮設のかき処理場ができ、少しずつですが、かきの生産が再び行えるようになっていました。しかし、処理場へと続く港の岸壁は壊れたまま、船が自由に安全に航行できる環境ではありませんでした。まだまだ復興支援は必要です。被災地の人達が前を向いて歩ける環境にしてあげなければと強く思いました。

わずかに残った家屋は全て 一階が津波で流されていた。
町には、たくさんの花束と 青い空だけが広がっていた。

130711hisaichi01_02s全国の生協が被災地を応援した
被災直後から、みやぎ生協には、全国の生協から励ましの言葉がたくさん届き、被災地は孤独ではありませんでした。つらいとき、助けてくれる生協の仲間が日本中にいました。もし、私たちが困ったときも、きっと全国にいる生協の仲間が助けてくれるでしょう。生協とは、そういう組織なんだと心から実感しました。

組合員のために店を開けたみやぎ生協「蛇田店」
被災後、雪が降る寒さの中、食べ物や日用品を求め、お店の前には多くの人が列を作りました。みやぎ生協は、被災したその日の夕方から、組合員のために、店の営業を再開し、周りの店が高値で物を売る中、破格の安い値段で組合員に食べ物や日用品を提供したそうです。また、宅配では、被災した地域を回り、組合員の安否確認をし、食料を届けたそうです。この行動に、どれほど多くの組合員が救われたことでしょう。組合員を思い、とった行動。生協職員を誇りに思います。そして、生協の組合員でよかったと思う瞬間だったと思います。

東日本大震災を忘れない
震災後、みやぎ生協は東日本大震災を忘れないため、みやぎ生協敷地内に「東日本大震災学習・資料室」を作りました。3月11日のみやぎ生協周辺の被災状況、被災直後のみやぎ生協の動き、そして、被災後、全国の生協から寄せられた支援の内容や励ましの言葉・品々が展示されています。そして、みやぎ生協がこの震災から学んだこと、この震災を教訓としたこれからの取り組みなどが分かりやすくパネル展示されています。

教訓
震災の教訓の一つに「ガソリンスタンドの設置」が挙げられます。震災直後、組合員のもとに支援物資を運ぶのに、物品とそれを運ぶトラックはたくさんありましたが、トラックを動かすガソリンが手に入りませんでした。また、震災時3月でまだ寒かったにもかかわらず、暖をとるための灯油が不足し、被災した人達は寒さに耐えるしかありませんでした。その教訓から、みやぎ生協は、敷地内にガソリンスタンドを設置し、災害時、再び悔しい思いをしないようにしたそうです。この取り組みは、全国の生協が見習うべき行動ではないでしょうか?みやぎだけの話ではありません。災害はいつどこで起きるかわかりません。仲間が受けた思いを、私たちも一緒に受け止め、これからの教訓として活かしていかなければならないと思いました。

これからも被災地を支援していきましょう
2年経った今も、被災地の人達は頑張っています。私たちも東日本大震災を忘れずに、被災地の仲間とともに、一緒に復興の道を歩んでいきましょう。

*下の写真は、被災後、被災地の人達が立ち上げた手作りの仮設商店街の中の一つのお店に貼られていた一枚のメッセージです。
私はこの言葉から、被災地の人達の強い決意を感じました。あの日の悲しみを乗り越え、前へと進もうとしている被災地の人達を、私たちはこれからも変わることなく支援していくことが必要ではないでしょうか。

 

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「第2回つながろうCO・OPアクション交流会~つどい・つむぎ・つなげる・未来~」参加報告 理事 古屋 康子

「被災地の今の課題と、今後の支援活動を考える」全体会報告より

コープふくしま 専務理事 野中さん
放射能汚染問題の多様性(自宅に住めない苦悩、賠償金の格差など)を知って欲しい。仮設住宅の支援をお願いしたい。忘れない、忘れさせない仕組みづくり。支援を継続させるためには事業の中で負担にならないよう、事業と活動の総合的な取り組みが必要。

みやぎ生協 生活文化部長 小澤さん
生活再建の格差があり、産業復興が遅れている現状。子どもの居場所づくり、子どものケアをもっとしたい。また昼間のお茶会だけでなく、働いているお母さんたちのための お茶会を開きたい。

 

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いわて生協 常務理事・組合員活動・広報管掌 金子さん
住宅の再建、体調不安、雇用不安、子どもの未来など先の見えない不安だらけ。 過疎地は復興が遅い。仮設に住む人だけが被災者ではない。被災地に住む人が被災者。 仮設住宅を訪れるサロンも助成金がなくなって引き上げるNPOや団体もあるが生協は続けていく。お菓子などの協力をお願いしたい。手書きカードも仮設住宅以外の人にも届けたいがまだまだ足りない。移動販売車4台での買い物支援もありがたい。複数の生協で横のつながりを持って、被災地商品を買って支えて欲しい。とにかく、忘れないで欲しい。

遠く離れていてもできる支援があります。被災地の商品を買う。募金に協力する。 当たり前のことですが、ひとりひとりが意識して行動すれば大きな力になると思います。 手書きカードも、もっと多くの人に届けられたらと思います。 私も今回の七夕カードは「楽しみにしている人」のために 図書館で本を借り、切り絵を作成しました。
130711hisaichi02_02 分科会でご一緒したコープふくしまの理事さんは 「子どもの健康」を一番に考えて欲しいと訴えていました。 「子どもが毎日歩いて学校に行ける」当たり前と思われて いることができない現実を、私も子どもを持つ親として 日々忘れずに心に留めて生活していかなければと思いました。  最後に、震災を忘れないのはもちろん「忘れないで欲しい」 と言われた方の気持ちを忘れないようにしたいです。

 

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「第2回つながろうCO・OPアクション交流会」参加報告 理事 小石 淑子

東日本大震災から2年が経過しましたが、「復旧の進み具合」や「復興に向けた課題」など 被災地の状況は格差が発生しています。 それぞれの被災地で必要とされている支援のあり方、被災者を長期に渡って支援する為の課題など、被災地生協の職員・組合員理事から「現在の状況」や「生協の取り組み」を伺い、 復興への思いを共有化し、支援のあり方を考えるため、2013年3月14日(木)コラッセふくしまで、全国から41の生協150人が集いました。

コープふくしま  野中専務理事より、
「原発事故から生協組合員の暮らしをとりもどしたい」と題して講演が行われ、コープふくしまが取り組んだ、家庭の食事からの放射能摂取量調査や仮設住宅の訪問活動などの報告がありました。
住民目線で1つずつ進めたこと・・・放射能とはナニモノカ? 食事調査の結果の理解 「怖がる権利」と「怖がらない権利」の共有

コープふくしま・みやぎ生協・いわて生協 「被災地の今を知り、これからの支援を考える」分科会

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「買い支え」「忘れない為の発信」「支援者への支援」など、 支援に必要なこと、継続する為の視点でグループ発表を行い、議論を深めました。

~ 被災地に 一番 最初に入った生協が 一番 最後まで寄りそう ~
ユーコープでも「助け合いの精神に基づき」復興支援活動に取り組んでいますが、いまだ 被災地のくらしは厳しい状況が続いており、30万人を超える方が仮設住宅で過ごされています。引き続き、全国の生協の仲間と、「東日本大震災を忘れない取り組み」 「福島の支援活動」を 継続的に進めていくことが必要です。単協どうしの取り組みを集約し、全国規模での持続可能な生協の支援の形を考える必要を確認しあいました。
被災地に広がる格差の解消や産業の復興、心のケアなど、社会的枠組みや制度の強化、特に「被災者生活再建支援法」などの充実を求める必要を強く感じました。

2013年度も日本生協連とともに、(1)「生活再建活動を続ける」(2)「買って支える」 (3)「福島を支える」(4)「被災地の今を知り伝える」(5)「社会的制度を充実させる」 (6)「次の災害に備える」の6点を柱に、心と力を合わせ支援活動を進めます。

 

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「第2回つながろうCO・OPアクション交流会」に参加して 組合員活動委員 佐々木恵美子

3月14日は福島駅前「コラッセふくしま」で、「原発事故から生協組合員の暮らしをとりもどしたい」というテーマを含めた全体会や、分科会、パネルデイスカッションがおこなわれた。被災地ではボランティアも減ってきており、取り残されている、見捨てられているという気持ちを持っている人たちが多くいるという事でした。考え方、経済力の違いが格差を広げている。物資の応援もうれしいが、それにも増して仕事が欲しいという声も伺いました。被災者も支える行政側も共に苦しくなってきている、そういう状況だそうです。

15日は福島県南相馬市、小高町から海沿いに北上し、宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地域を視察しました。福島は丸2年たっても津波にあった車がまだ放置されていたり、いたる所に津波の傷跡がそのまま残されていました。閖上は更地が広がっていました。買い物に寄った復興商店街の皆さんは明るかったです、でもお話を伺っていて明るくしていなければ、やりきれないという気持ちなんだろうと思いました。

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この被災地で生協ができる事は?
生協は地域に住んでいる住人、組合員の集まりだからこそ地域の団体や行政の間をつなぐ役割がになえます。昨年の協同組合年を経て様々な団体とのつながりもできてます。全国の生協ともつながって大きな連帯の輪が生まれそうで期待が持てます。組合員に寄り添い続ける生協であり続けてほしいと思います。

 

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「第2回つながろうCO・OPアクション交流会」に参加して 組合員活動委員 杉本 節子

陽気が緩み始めた3月中旬、日生協主催の「つながろうCO・OPアクション交流会」に参加しました。全体会でのコープふくしま野中専務の話が心に残ります。放射能による外部被ばくに怯えながらのくらし、ホールボディカウンターでの内部被ばく検査があたりまえに行われている現実。自宅に帰る、その展望さえ持てず住民は苦しんでいる。これは憲法13条の幸福追求権の侵害ではないかと彼は語尾を強めました。こういう状況を理解したうえで「何とかしたい!」と全国の生協から、どこよりも早く、そして今日までずっと支援を続けてくれていることに感謝しこれからも福島の農産品などを利用してほしい。それが一番の支援ですといいました。

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2日目はバスで福島沿岸部から宮城県沿岸部を車中視察しました。原発事故の影響で復興どころか復旧も遅れている南相馬市や小高町では人気のない町に身を寄せるサルの群れを見ました。震災から2年が経ち「きずな」がうまれる反面、賠償問題や考え方の違いから溝が生まれてきました。ある仮設住宅ではフェンスを立て言葉も交わさない、行き来もしなくなりコミュニティが難しくなったといいます。震災直後のこんな話も聞きました。 農家の方が黙々と種まきや果樹の剪定をしている姿を見て、住民たちから「みんなが苦しんでいるときに何だ!」と非難の声が浴びせられたとき「生きるためには食わねばならない。札束を食べても生きられない」と言葉を返したといいます。力強い言葉です。バスは宮城県に入っていきます。名取市閖上地域はほぼ壊滅状態です。何もないところに乾いた風が吹いています。約6000人いた住民のうち1000人もの人が津波で亡くなられました。小さな丘程度の日和山に逃げて助かった人もいましたが、眼下で流されていく家や人々をどんな思いで見ていたのでしょうか。胸がつまります。数珠を手に祈っているときにドヤドヤとバスで来て写真を撮る一行が・・(何だ、この人たちは・・)と思いましたが被災者からみれば視察も観光?も同じに映ります。多くの犠牲を生んだ大地にシャッターは押せなくなりました。バスに同乗しガイドをしてくれた理事さんが「よく言われるんですよ。意外にも皆さん 明るいんですねって。ただ現実を受け止めるのに明るいも暗いも同じなだけですから・・」とおっしゃったのが印象的でした。
さまざまな喪失感を抱え、今もなお、もがき苦しんでいる人々がいることに 私たちはもっと真摯に向き合わなければなりません。甚大な被害を受けた東北地方を忘れることなく、できる支援をつなげていく努力と意識が必要です。浜松の自宅を出てわずか3時間ちょっとで着き、遠くて近い福島ですが被災者の心にはまだまだ遠い”ふくしま“だと実感した視察でした。

 

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「第2回つながろうCO・OPアクション交流会」参加報告 組合員活動委員 土井 すみ

【日時・会場】 2013年3月14日(木) 於 コラッセふくしま
【 概 要 】
・全体会 講演「原発事故から生協組合員の暮らしをとりもどしたい」 コープふくしま専務理事 野中俊吉氏
・分科会 福島分科会・宮城分科会・岩手分科会
・全体会 パネルディスカッション「被災地の今の課題と今後の支援活動を考える」

●最初の全体会でコープふくしまの野中専務理事より「原発事故から生協組合員の暮らしをとりもどしたい」というテーマでの講演がありました。住民目線を大切にして、放射能についての学習会を行ったり、外部被ばくをガラスバッチで実測したりと一つずつ進めてきたそうです。〝陰膳方式による実際の食事調査〟や〝福島県産品応援〟〝仮設住宅住民訪問活動〟なども実施してきて純増で5,000人程組合員が増えているそうです。

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●続いて福島分科会・宮城分科会・岩手分科会と3つの分科会ごとに別室に分かれ、報告を聞いてからグループディスカッションを行いました。私が参加した福島分科会では、まず地元の小学校が作成したという震災時のDVDを観てから、コープふくしまの組合員理事の有松さん・渡辺さんから現在の組合員活動について、今後に向けて必要な取り組みなどの報告がありました。さいたまコープ地域ネットワーク部長の福岡さんからは、これまで行ってきた支援についての報告がありました。
●報告を聞いてグループごとにこれからの支援について考え、どんな支援があるか、またその支援を続けるため、広げるためにはどうしたらよいか、というように討議しまとめました。被災地を訪れる、被災地商品を購入する、被災者の心に寄り添う等、様々な意見がありましたが、震災を風化させない事がいちばん大切なのではないかと思われました。

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●最後に全体会として日本生協連の山内執行役員組織推進部長をコーディネーターに、コープふくしま野中専務理事、みやぎ生協小澤生活文化部長、いわて生協金子常務理事の3人によるパネルディスカッションが行われました。大切にしたいことや、現在被災地で問題になっており解決すべき課題について意見が出され、右記のようにまとまりました。

【まとめ】 私たちに求められているのは、被災地に遊びに行くでもよし、被災地のために募金する、被災地商品を購入する等、どんな形でもいいので自分にできることで支援を続け、震災を風化させないよう忘れないようにすることだと思いました。

 

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いわて生協 「東日本大震災から2年~感謝のつどい」参加報告 理事 浦郷 由季

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●被災地 宮古市田老地区 視察
田老地区には3つの大きな防潮堤があり、碁盤の目に区画された町並みはどこからでも山に向かう直線の道路が整備され、避難すれば必ず助かる。しかし、避難しなかった人たち180名が犠牲に。防潮堤を過信し、避難するという基本的なことが伝えられず風化していた。大地震のあとは津波が来ることを前提にまずは高台に逃げることを強く訴える語り部の沢口さん。(元生協職員)

●被災から3年めの岩手県の現状

小さな仮設住宅、みなし仮設、自宅避難者には支援が少ない。 被災者の願いは「住宅の再建」、しかし土地のかさ上げが進まず建てられない。 二重ローン問題の解決もすすまない。

●そんな中、七夕・クリスマス・ひなまつりのカードプレゼントが喜ばれています

【いわて生協の金子常勤理事から】
実は、カードプレゼントもユーコープさんのカードが多いからこそ、多くの方々にお届けできています。またカードといっしょにお届けしているお菓子もユーコープさんからのカンパがあればこそお届けできています。カードといっしょにお届けしているお菓子は沿岸の福祉作業所に声をかけ5箇所で作ってもらっています。まとまった仕事がないので、このお菓子の発注は喜ばれていることをお聞きしました。

 

●いわて生協からのメッセージ
徐々にボランティアなどの支援が減っていく中、3年目のこれからが支援の本番!
1.被災地の手作り品やメーカー品の販売協力を
2.被災地を知り、知らせる活動の継続を、ツアーや報告会に協力します
3.活動資金の援助を
最後まで被災者の支援に取り組みます。全国の生協の協力をお願いします!

 

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「いわて生協の感謝のつどい」に参加し、津波被災地(宮古市田老町)を訪問して感じた事  理事 松浦 弘美

岩手県は面積が四国と同じくらいに広い上に、東日本大震災で被災した地域は、海沿いに限定された為、内陸部に住む県民の中でさえ、震災の記憶の風化が始まっているそうです。そんな中で、被災者に寄り添い、全国へ被災者と被災地の今を発信し続けている岩手生協、その活動を支える組合員さんたちに対して、私たちもいろんな形で協力していきたいと強く感じました。

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大槌町で日本酒「浜娘」を醸造していた赤武酒造の古舘社長の話の中で、「復興支援に買って下さい、復活することができました、と言えば皆さん優しいから買ってくれるんです。だけどね、義理で買っていただくのは続かないですよ。私らが納得いく美味しい酒をちゃんと作って、浜娘が美味しかったからまた売ってくれ、と言われないとダメなんです。」という言葉が心に残りました。復活メーカーのこれまでの取り組みや商品に込められた思いを聞くにつれ、ユーコープでももっと商品を紹介して、お互いにウィンウィンの関係で、息の長い被災地支援ができたらなと思いました。日本の万里の長城とまで言われた防潮堤で守られていた宮古市田老町は、津波で瓦礫と化し、今は更地の続くひっそりとした街に変わっていました。田老町漁協が海藻類の加工工場と倉庫を再建し操業を始めていますが、放射能汚染という根強い風評被害の為、売り上げが伸びていません。 被災地の報道は、復活とか再開とかが多いけれど、復興には程遠い現実がここにはありました。130711hisaichi08_02
「今、被災地はどんなかを見に来てほしい。3・11辺りで急にワ~と来るんじゃなくて、普通の時に時々でいいから来てほしい。忘れられているんじゃないかと寂しい。」という被災者の話を聞き、また、七夕・クリスマス・お雛様、と送ったカードが、「一人じゃないと感じられた」と、とても喜ばれたという報告を受け、私たち一人一人ができることは何か?を考えなくてはいけないし、その思いをくみ取り、形にするのが組合員活動だと思いました。

 

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